大切な人を、ちゃんと大切にできていますか?

貴方は大切な人を

ちゃんと大切にできていますか?

f:id:kojiyuki:20160516203417j:plain

 

今年の「母の日」

 

夫の母へ贈るプレゼントを二人で選びながら

9年前、亡くなった私の母の事を考えてました。

 

ふと、会って話がしたくなりました。

いろんな話。

 

夫婦生活の事

夫婦ケンカの事

仕事の事

人生の事

 

 

うん

 

いろいろな事

 

実はね私

 

母が 大嫌い でした。

 

頭が良くて、仕事ができて

父亡き後、自力で家まで建てちゃった

私のすごい母ちゃん

 

でもね

 

あまり褒めてもらった事がなかった私

 

特に、母が病に倒れてから

 

私が彼女を想ってした行動のほとんどに対して

すごく不満そうだった。

 

特に母の看病に専念するために大学を中退したこと

 

退学届を出してきた日の夜

何でそんな勝手な真似をしたんだって

すごい形相で怒鳴られて

 

あなた無しでも治療に通えるって

泣きながら言われて

 

どんな状況でも大学を辞める事だけは

して欲しくなかったって

 

絶対にね

 

今考えてもあのまま大学に通いながら

闘病生活を支える事は無理な事だった

 

2週間に1度は抗がん剤治療のために

朝早くから病院に行き終わるのは夕方

 

それが数日続く

 

時には入院

時には手術

 

何で母はこんな簡単な事もわからないんだって

母のために、ここまで自分を犠牲にしてるのに

何でわかってくれないんだって

 

そんな気持ちでいっぱいになってしまった

 

そして

 

この出来事を境に

どんどん私たち親子の溝は深まって

闘病生活の中で

私は母を苦しめ続けることになってしまった

 

だってわからなかった

母が私に求めてること

 

どうしたらいいかなんて

誰も教えてくれなかった

 

 

だけどね

 

 

今、このことを振り返ると

母の気持ちが何となくわかる気がする

 

 

あの時

 

大学を辞めてきたあの日の夜

 

母はきっと

 

嬉しくて嬉しくて

 

たまらなかったんじゃないかって思う

 

 

 

命をかけて育ててきた一人娘が

 

 

 

自分のために

人生の決断をしたことに

 

最期まで

よりそう覚悟をしたことに

 

 

たまらなく嬉しかったんじゃないかって思う

 

 

でも、母はそれに対して

きっとうまく

感情表現ができなかったんじゃないかな

 

 

大切な娘の夢を

自分の病が原因で潰してしまったことに

 

 

罪悪感を感じていたんじゃないかな

 

 

そう、思うんだよね

 

 

もしもあの日

私がこんな受け止め方をしていたら

 

 

もしもあの日

自分が母に拒絶されたなんて

勘違いをしていなければ

 

 

もしかしたら

もっともっと最期の時間を

母娘のかけがえのない時間にできたのかもしれない

 

 

母に最期の言葉で

「もうどこにもいかないでね」なんて

悲しい言葉を言わせないで済んだのかもしれない

 

 

でもね

 

今となっては全てが過去

 

 

正解かもしれないし

 

間違いかもしれない

 

 

誰も正解なんて分からない

 

 

後悔して

 

後悔して

 

後悔しても

 

 

未来はちっとも変わらない

 

 

自分を憎んでも

 

母を憎んでも

 

自分の運命を憎んでも

 

 

未来はちっとも変わらない

 

 

だって

 

未来 は 今 の 積み重ね だから

 

 

うん

 

 

だから、前を向いて

 

 

すべきことをやるしかない

 

 

 

私がすべきこと

 

 

 

目の前の大切な家族

 

愛する夫を

 

私を心から大切にしてくれる夫の両親を

 

全力で愛すること

 

全力で守ること

 

全力で幸せにすること

 

 

 

同じ明日が来るとは限らない

 

今日が愛する人との最期の時間かもしれない

 

 

 

さて、質問です

 

 

貴方は 

 

今、この瞬間

 

愛する人を全力で大切にしていますか?